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神戸地方裁判所 昭和45年(ワ)1144号 判決

原告

全国自動車交通労働組合連合会

兵庫地方連合会山手モータース労働組合

右代表者

大野志郎

右訴訟代理人

野沢涓

被告

株式会社

山手モータース

右代表者

大久保亀六

右訴訟代理人

石原秀男

外一名

主文

被告は原告に対し金二〇万円およびこれに対する昭和四五年一〇月二日から支払済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

(一)  当事者の申立〈省略〉

(二)  当事者の主張

(1)  原告

(イ)  原告は、タクシー業を営む被告会社の従業員たるタクシー運転手の一部で組織する労働組合である。

(ロ)(a)  原告は、昭和四五年七月一四日被告との間において、昭和四五年度一時金(賞与金ともいうが、以下一時金と称する)の配分方法に関し、労働協約(以下単に本件協約と称する)を締結したが、同協約中には右一時金の一項目たる運収配分(以下単に本件運収配分と称する)の支給額について、その最高と最低との間の差額を金一万円以内とする旨の条項(以下単に本件条項と称する)が含まれていた。

(b)  右協約は原告組合の組合員、非組合員を問わず、被告会社の従業員全員に適用があるものである。

(ハ)(a)  被告会社のタクシー運転手の賃金の歩合給は、単位時間あたりの走行距離に比例する。

(b)  そのため、勢い、運転手に交通法規軽視の風潮と労働強化をもたらすこととなる。

(c)  従つて、原告は、その弊害を解消するため、賃金の歩合給部分を縮小し、その固定給部分を拡大して、賃金の固定給化をはかることが必要であるとの方針を貫き、そのための努力を続けてきた。

(ニ)(a)  ところで、前記一時金は、夏期と冬期との年二回に、被告が被告会社の従業員に支給するもので、①基本額、②年功給、③皆勤賞、④早退控除、⑤無断欠勤控除、⑥運収配分、⑦無事故賞、⑧事故控除、⑨営業違反控除の各項目から構成され、その七割を占める右項目①を初め、項目②ないし⑤において、出勤日数が算定根拠として考慮されるのみならず、項目⑦ないし⑨においても、事故の有無などが同じく考慮され、全体として歩合給的色彩の濃厚なものであるうえに、項目⑥の運収配分においては、更に出勤日数、運賃収入がその算定の根拠とされ、一時金を一層歩合給的性格の強いものとしている。

(b)  原告は、組合の前記運動方針に基づき、一時金中の運収配分の歩合給的性格に抗議を続け来たり、昭和四五年以前にも、運収配分の額を少くする旨の口頭の合意が被告との間で成立していた。

(c)  以上の経過並びに事情のもとにおいて、本件協約が締結されたのであるから、原、被告間において、本件条項の適用範囲を限定する如何なる合意(例えば、右条項は出勤日数、運賃収入などの平均的な者に対してのみ適用されるなどの合意)も存在しない。すなわち、本件条項により、被告は原告に対し、その従業員に対して、本件運収配分の支給にあたり、その最高と最低との差額を金一万円以内にとどめる債務を負担することになつたのである。

(ホ)(a)  被告は、本件協約締結後である昭和四五年七月、同年度夏期一時金支給にあたり、本件運収配分として、被告会社の従業員中、小西信夫に対しては金二万九八九六円、田中政信に対しては金三四八六円を夫々支給したのであつて、その差額は金二万六四一〇円である。

(b)  また、原告組合の組合員間においても、山本光弘に対しては金二万八二二二円、加茂川淳二に対しては金三六三五円を夫々支給したのであつて、その差額は金二万四五八七円である。

(c)  従つて、被告の本件運収配分の支給は、本件条項に違反するものである。

(ヘ)  被告は、原告が長年にわたり賃金体系を固定給化せんとし、運収配分についても、その割合を少くするための努力を重ねて来た結果、本件条項の締結に至つたものであるにもかかわらず、右条項を無視し、更に右運収配分の支給後、原告の数回にわたる抗議にもかかわらず、被告は右運収配分の支給を是正しようともせず、「例年配分の慣行の通りである」旨の回答を原告に対してなすなどして、組合無視の態度を示し、そのため、原告は、被告からその組合としての存在を無視されるに及び、原告組合の組合員中にも、原告組合の存在価値を疑う者も出てきて、組合員間に動揺が見られ、組合の執行委員一名を含む組合脱退者も出現するという事態を惹起し、また、右組合脱退により、原告の組合費納入額が減少し、内部的結集が弱体化して、組織運営上支障が生じ、内部的結集の動揺、弱体化など原告組合の名誉並びに団結権が侵害されて、無形の損害を受けたが、当該損害を金銭に評価すると、金三〇万円を下ることはない。

(ト)  以上の次第で、原告は被告に対し、第一次的には協約義務に違反した債務不履行責任による損害賠償として、第二次的には故意に本件条項を無視した不法行為責任による損害賠償として、右金三〇万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四五年一〇月二日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2)  被告〈省略〉

(三)  当事者の立証〈省略〉

理由

(一)  原告主張の事実の内、(イ)、(ロ)の(a)、(ハ)の(a)、(ニ)の(a)・(b)、(ホ)の(a)の各事実、および(ヘ)の事実中、組合員間に動揺が見られ、一部の組合脱退者が出た事実は、いずれも当事者間に争いがなく、(ハ)の(c)の事実は、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

(二)  〈証拠〉によれば、原告主張の(ロ)の(b)の事実が認められ、この認定を動かすに足る資料はない。

(三)  原告主張の(ヘ)の(b)の事実について

〈証拠〉を総合すると、タクシー業界の賃金体系は、歩合給をできるだけ少くして、固定給化をはかるようにという指導勧告が運輸省、労働省からなされていること、被告も右指導、勧告に副うべく、ある程度の努力をしていることが各々認められ、右認定事実によれば、タクシー運転手に対する賃金は、歩合給制から固定給制へ移行するのが望ましい方向であることが明らかであり、歩合給制が交通法規の軽視と労働強化とに結びつき易いということは、ある程度容易に推認することができる。従つて、賃金の固定給化を目指すという組合方針は、それなりに一貫した合理性を有するものと解せられるところである。

(四)  原告主張(ニ)の(c)の事実について

〈証拠〉を総合すると、運収配分の支給方法に関し、原、被告間において、昭和四〇年頃から、その最高と最低との差額について金額は明示されなかつたが、出来るだけ少くする旨の合意が存していたこと、昭和四四年度冬期の運収配分については、その差額を金一万円位にする旨の合意が成立し、被告から原告に対する回答書にも、その旨の記載がなされていること、更に昭和四五年度の一時金に関する協約を記載した「協定書」なる書面には、その差額を金一万円以内にする旨明記されるに至つた(この事実は当事者間に争いのないこと、前記(一)のとおりである)が、右協約締結の団体交渉の席上、本件条項に関し、出勤日数、運賃収入、年功給などの平均的な運転手を対象として、かかる一定の条件を備えた者相互間で、その差額を金一万円以内にとどめるという条件は何ら話題にのぼらなかつたこと、および一時金のみならず、毎月の給料も歩合給的性格を帯びていることの各事実が認められる。この認定を覆すに足る資料はない。

そうすると、本件条項は、運収配分に関し、その最高と最低との差額を金一万円以下にとどめるという内容に尽きるのであつてその他に、右条項に関し、出勤日数、運賃収入などの平均的な者に対してのみ適用されるという合意は、黙示的にせよ存在しなかつたものといわなければならない。ところで、本件条項は労働協約の所謂債務的部分に属し、債務的効力を有するものであるから右条項により、被告は原告に対し、昭和四五年度の一時金中の運収配分支給に関し、その最高と最低との差額を金一万円以内にとどめる債務を負担するに至つたものというべきである。

(五)  〈証拠〉によれば、昭和四五年度夏期一時金支給の対象期間である半年間の出勤日数は小西信夫が一五八日、田中政信が六五日、山本光弘が一五七日、加茂川淳二が八一日であることが認められるところ、これが一時金についての運収配分額は、右小西が金二万九八九六円、田中が金三四八六円、山本が金二万八二二二円、加茂川が金三六三五円であつたこと、当事者間に争いがないから、小西、田中間および山本、加茂川間には夫々互いに出勤日数に相当の開きはあるが、運収配分の差額は、いずれも原告主張のとおり、金一万円を遙かに超えていることが明らかである。また、本件条項は組合員、非組合員を問わず適用されること、前記認定のとおりであるから、被告は本件条項に違反して、昭和四五年度夏期一時金中の運収配分の支給をなしたものといわなければならない。

(六)  〈証拠〉を総合すると、原告が長年にわたり賃金体系を固定給化せんとし、運収配分についても、その割合を縮小するための努力を重ねて来て、本件条項の締結に至つたものであることそれにもかかわらず、被告は右条項を無視して昭和四五年度夏期運収配分の支給を行つたこと、原告が被告に対し、少くとも右支給後の昭和四五年八月一日付文書で以て、協約違反に対する抗議並びにその善処方を申し入れたのに対し、被告は右違反行為を是正することもなく、同年同月一〇日に「例年配分の慣行通りである」旨を原告に回答して、右抗議をも無視する態度を採つたこと、および右協約違反によつて、被告会社兵庫営業所を中心に、原告組合の執行委員一名を含む多数の組合員が、原告組合から脱退あるいは被告会社から退社したことを各々認めることができる。右認定を覆すに足る資料はない。そうすると、被告の前記協約義務違反により、原告組合員中に、原告組合の存在価値を疑う者が出たり、組合員間に動揺が見られ、組合の内部的結集が弱体化し、また、組合員の脱退により、原告の組合費納入額が減少し、組織運営上支障を生ずるなどのため、原告組合の名誉並びに団結権が侵害されるなど、無形の損害が生じたことが推認される。そして、原告の賃金についての固定給化を目指して払つてきた努力、被告の明白な本件条項の違反の事実、その後の被告の措置、原告組合の打撃の程度など、本件における当事者双方の前記認定の一切の事情を考慮すると、原告の右損害を金銭賠償によつて慰藉するには、金二〇万円の支払が相当であると考えられる。

(七)  以上の次第で、被告は原告に対し、協約義務に違反した債務不履行責任を負担するというべきであるから、原告の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく、その内、被告に対し慰藉料金二〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らから昭和四五年一〇月二日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容すべく、その余は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(坂上弘 塩田武夫 宮崎公明)

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